子どもがいない夫婦の相続は、配偶者だけがすべてを受け取れるとは限りません。法律上の相続人には親や兄弟姉妹、甥や姪が含まれ、「思っていた人に財産が渡らない」「二次相続で親族間トラブルが発生する」といった事例も少なくありません。無対策のまま配偶者が先に亡くなると、残された財産が本人の意思と異なる相続人に移ってしまう可能性もあります。
相続税の負担、不動産の分割、預貯金の口座凍結リスクなど、法律と税務の両面で事前準備は欠かせません。近年は「遺贈寄付」という選択肢にも注目が集まり、財産を社会や地域に役立てる方法として活用が広がっています。
本ガイドでは、子どもがいない夫婦が知っておくべき相続の仕組み、遺言書や生前贈与の活用法、配偶者の生活を守る戦略、さらに遺贈寄付まで、法律・税務・実務の観点から網羅的に解説します。今から備えることで、望む形で財産を承継し、安心して将来を迎えるための道筋が見えてきます。
目次
子どもがいない夫婦の場合、「財産はすべて配偶者に渡る」と誤解されがちですが、実際にはそうとは限りません。民法では配偶者以外に、親、兄弟姉妹、甥や姪などが法定相続人となる場合があります。たとえば、親が健在であれば配偶者と親が分け合い、親がすでに他界していれば兄弟姉妹やその代襲相続人(甥姪)が受け取ることになります。
こうした仕組みを知らずに対策をしないままだと、望まない相続人に財産が渡ったり、分割協議が長期化して配偶者の生活資金が確保できない事態も起こり得ます。また、配偶者が先に亡くなった場合には、残された財産が夫婦どちらか一方の親族だけに偏ってしまい、もう一方の血縁には何も残らないケースもあります。
そして、子どもがいない場合は二次相続の相手が兄弟姉妹や甥姪になることが多く、相続人の人数が増えることでトラブルや相続税負担が増大しやすい傾向があります。こうしたリスクを回避するためには、遺言書の作成や生前贈与、信託、さらには遺贈寄付といった手段を組み合わせて、早めに計画的な相続戦略を立てることが不可欠です。
→次章では、子どもがいない夫婦の相続で特に重要となる「法定相続と代襲相続の仕組み」について、具体的な相続割合や順位をわかりやすく解説します。
子どもがいない夫婦の相続では、配偶者は必ず相続人となりますが、残りの相続分は他の親族に割り振られます。相続の順位は、まず第1順位が子ども(および孫)、第2順位が父母(および祖父母)、第3順位が兄弟姉妹(および甥姪)です。子どもがいない場合、第1順位が欠けるため、第2順位の父母が存命なら配偶者と父母で相続を分け合います。父母がすでに亡くなっている場合は、第3順位の兄弟姉妹が相続人となります。
兄弟姉妹が亡くなっている場合、その子ども(甥姪)が代襲相続人として権利を持ちます。代襲相続は1代限りで、甥姪の子どもまでは権利が及びません。兄弟姉妹相続は人数が増えやすく、意見がまとまらず相続手続きが長引く原因になることも多いです。
また、配偶者と兄弟姉妹の相続割合は、配偶者が4分の3、兄弟姉妹が4分の1です。人数が多ければ兄弟姉妹間でさらに分割されます。こうしたルールを正しく理解し、誰が相続人になるのかを早めに把握することは、トラブル防止の第一歩です。
→次章では、このルールを踏まえて、希望通りの相続を実現するための「遺言書の活用方法」について、具体的な書き方や注意点を解説します。
子どもがいない夫婦の場合、遺言書の有無が相続結果を大きく左右します。遺言書がないと、法律で定められた法定相続人に財産が分けられ、希望通りの配分にならない可能性があります。たとえば配偶者に全財産を残したくても、親や兄弟姉妹、甥姪が相続分を請求できるため、配偶者が自宅や生活資金を失うリスクもあります。
遺言書の形式には、手軽に作れる自筆証書遺言と、公証人が関与する公正証書遺言があります。確実性と無効化のリスク回避を重視するなら、公正証書遺言がおすすめです。また、遺言書では特定の人や団体への遺贈、遺贈寄付の指定も可能です。近年は公益法人やNPO、大学などへの
さらに、遺言執行者を指名しておくことで、相続手続きがスムーズになり、配偶者や受遺者への負担を軽減できます。ただし、遺留分(一定の相続人が最低限受け取れる権利)への配慮を怠ると、遺言内容が争われる可能性があるため注意が必要です。
→次章では、遺言で定めた財産を確実に活かし、残された配偶者の生活を守るための「具体的な生活資金確保と資産保全の戦略」について解説します。
子どもがいない夫婦にとって、残された配偶者の生活資金や住まいの確保は相続対策の最重要テーマです。まず検討すべきは、自宅を安心して住み続けられるようにすることです。近年導入された「配偶者居住権」は、相続後も配偶者が亡くなるまで無償で住み続けられる権利で、特に不動産の割合が大きい家庭に有効です。
生活資金の確保では、預貯金や有価証券の名義を事前に整理し、口座凍結リスクを減らすことが重要です。死亡後は名義人の口座が凍結され、払い戻しには相続人全員の同意が必要になるため、配偶者がすぐに使える資金を確保しておく必要があります。また、生命保険の死亡保険金は受取人固有の財産として直接受け取れるため、生活資金確保に有効な手段です。
さらに、遺族年金や振替加算など公的年金制度の確認も欠かせません。必要に応じて受給額を試算し、不足分を補う資産運用計画を立てることが、長期的な安心につながります。これらの戦略は遺言書や生前贈与と組み合わせることで、より確実に配偶者の生活を守ることができます。
→次章では、残された配偶者が亡くなった後に訪れる「二次相続」の課題と対策について、兄弟姉妹や甥姪への承継、税負担軽減策まで解説します。
子どもがいない夫婦の場合、配偶者が亡くなった後に発生する「二次相続」についても、必要に応じて税金負担の軽減策を検討しておくことが大切です。
一次相続(最初に亡くなった方の相続)では、全財産を配偶者が相続すれば配偶者控除により非課税となるケースが多いものの、二次相続では相続人が兄弟姉妹や甥姪となり、想定外の財産分散が起こる可能性があります。兄弟姉妹や甥姪が複数いる場合は、遺産分割協議の合意形成が難航し、長期化するリスクも高まります。
二次相続では配偶者控除が使えないため、一次相続で非課税だった財産も課税対象となり、相続税額が急増することがあります。こうした負担を抑えるために、生前贈与や資産の一部を信託に移すなど、状況に応じた節税対策を事前に検討しておくことが有効です。
また、遺贈寄付や特定の受益者を指定できる信託を活用すれば、望まない相続人への財産分散を防ぎ、自分の意思を反映した承継が可能になります。二次相続は「将来の出来事」ではなく、一次相続の段階から必要に応じて戦略を立てるべき重要な課題です。
→次章では、財産を社会に活かす「遺贈寄付」という選択肢について、その仕組みや税制優遇、実務の流れを詳しく解説します。
遺贈寄付とは、自分の財産を遺言によって公益法人やNPO、自治体、大学などに寄付することを指します。子どもがいない夫婦にとっては、財産の行き先を自ら選び、社会貢献と資産承継を同時に実現できる有効な方法です。特に、二次相続で望まない相続人に財産が渡るのを避けたい場合や、生前に支援してきた団体を応援し続けたい場合に適しています。
遺贈寄付は、相続税が非課税になるケースが多く、税負担を減らしながら財産を有効活用できるのも大きなメリットです。寄付先は、公益性が認められた法人や一定の条件を満たす団体に限られますが、選定の幅は広く、医療・教育・文化・地域活動など多岐にわたります。
実務的には、遺言書(特に公正証書遺言)で寄付の意思と寄付先を明確に記載し、遺言執行者に寄付の実行を委ねる形が一般的です。また、信託を利用して生前から段階的に寄付する方法もあります。いずれの場合も、寄付先の受け入れ体制や使途の明確化を事前に確認しておくことが重要です。
→次章では、相続税・贈与税の節税対策について、子どもがいない夫婦特有の課題と有効な手段を解説します。
子どもがいない夫婦の相続では、誰に財産を残すのかを明確にし、その意思を確実に実行できる仕組みを生前から設計することが不可欠です。単発の対策(贈与・保険・遺言など)だけでは不十分で、資産の全体像、配偶者の生活保障、二次相続後の承継先までを一貫して計画する必要があります。
まずは資産の見える化から始めましょう。不動産、預貯金、有価証券、保険、負債などを一覧化し、現状の評価額と流動性を把握します。そのうえで、①配偶者の生活資金確保、②税負担の軽減、③希望する承継先(親族・友人・団体等)へのスムーズな移転、という3つの柱で戦略を立てます。
具体策としては、遺言書と家族信託を組み合わせて「誰に・いつ・どのように」財産を渡すかを設計し、生命保険や遺贈寄付を組み込んで税務面と社会的意義を両立させます。また、不動産は将来の売却・賃貸・管理委託の方針も決めておくと安心です。
→最終章では、本ガイドの内容を総まとめし、今すぐ始められる第一歩を提案します。
子どもがいない夫婦の相続は、「自分たちが思う通りに財産を渡す」ための仕組みを生前から整えることが何より重要です。本ガイドでは、遺言・家族信託・贈与・保険・不動産戦略・遺贈寄付など、多角的な手段を組み合わせる方法をご紹介しました。
ポイントは、単発の対策ではなく全体設計を行うことです。配偶者の生活保障、相続税の軽減、希望する承継先へのスムーズな移転──この3つの柱を軸に、資産の見える化から着手し、計画的に準備を進めましょう。
また、法律・税務・不動産・資産運用はそれぞれ専門性が高く、自分だけで判断するのはリスクがあります。FP、税理士、弁護士、不動産鑑定士などの専門家チームを活用すれば、漏れのない戦略を構築できます。
第一歩として、今日できることはシンプルです。
将来の不安は、行動を始めた瞬間から「安心」に変わります。早めの準備こそ、あなたと大切な人の未来を守る最大の相続戦略です。
ファイナンシャルプランナー塩川
・CFP(FP上級資格) ・NPO法人相続アドバイザー協議会 認定会員 ・不動産後見アドバイザー(全国住宅産業協会認定) ・高齢者住まいアドバイザー(職業技能振興会認定) ・宅地建物取引士・証券外務員1種
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