
「老後資金2,000万円問題」が話題になって久しいですが、現場で富裕層の方々の相談を受けていると、実はもっと深刻な「パラドックス(逆説)」に直面します。
それは、**「お金を十分に持っている人ほど、減っていく恐怖で動けなくなっている」**という現実です。
先日、当事務所のドアを叩いたK様(60代半ば)も、まさにその一人でした。 K様は、長年勤めた教育関係の仕事を退職し、現在は嘱託社員として働いています。几帳面な性格が表れるような、しっかりと整理されたファイルを持参されていました。
その中身を拝見すると、総資産は預貯金や金、保険などを合わせて**「約5,000万円」**。 独身のおひとり様としては、世間から見れば「勝ち組」とも言える十分な資産額です。
しかし、K様の表情は曇ったままでした。 「塩川さん、贅沢はしません。ただ、たまに京都旅行に行って、美味しいお茶を飲んで静かに暮らしたい。でも通帳を見るたびに怖くなるんです。このまま最後まで生きていけるのでしょうか」
「長生きするのが怖い」 そんな本音が、ふと漏れました。
なぜ5,000万円もの資産がありながら、これほどの不安に襲われるのか。 そして、どうやって資産寿命を95歳から122歳まで延ばすことができたのか。
今日は、今回のカウンセリングで導き出した**「インフレ時代の資産防衛策」**を、実録としてお伝えします。
※本記事は実際の相談事例をもとにしていますが、プライバシー保護のため、一部の設定や数字を変更しています。
目次
まず、K様の資産状況を数字で整理しました。
「絶対に損をしたくない」という性格から、資産のほとんどは「元本保証」の商品に置かれていました。
これらを総合し、今のポートフォリオ(資産配分)の平均利回りを計算すると、わずか**「約0.8%」**程度。
「銀行の金利よりは良いですし、年金も70歳まで繰り下げて増やす予定ですから……」
K様はそう仰いました。
しかし、ここに**「インフレ(物価上昇)」**の影響を加味すると、景色は一変します。
現在、日本はインフレ局面にあります。
仮に今後、物価が毎年「2%」ずつ上がっていくとしましょう。
K様の資産は「0.8%」しか増えません。
何もしなくても、毎年資産価値が目減りしていく計算になります。
この条件で、現在90代のお母様の介護支援や、K様ご自身のささやかな楽しみを含めてシミュレーションを行いました。
画面に表示されたグラフは、厳しい未来を示していました。
【プラン① 現状維持(利回り0.8%)】
→ 95歳で、金融資産がゼロになります
「95歳までは持つのなら、十分ではないですか?」
そう思われるかもしれません。しかし、K様の表情は曇りました。
「母は今90代で元気です。私も100歳まで生きるかもしれません。もし95歳でお金が尽きたら……その後の生活はどうすればいいのでしょうか」
これが、**「長生きリスク」**です。
5,000万円あっても、「守り(預金)」だけではインフレの影響を吸収しきれないのです。
K様にはもう一つ、迷っていることがありました。
「今、賃貸マンションに住んでいるのですが、安心のために中古マンションを買うべきでしょうか?」
手元の現金で、3,000万円〜4,000万円程度の物件を一括購入し、「終の棲家」を確保したいというご希望です。
確かに「自分の家」がある安心感は大きいものです。しかし、FPとしての計算結果は**「NO」**でした。
もし今、4,000万円を使ってマンションを買ってしまうと、手元の「運用できる資金(種銭)」が大幅に減ってしまいます。
「お金に働いてもらう」ための原資がなくなれば、当然、資産が増えるスピードも止まります。
さらに、老朽化したマンションの管理費や修繕積立金は、年金生活の家計を圧迫する要因になります。
私たちは話し合い、以下の戦略を立てました。
「家を買う」ことで安心を得るのではなく、「現金を残して運用する」ことで将来の施設入居費用(=実質的な安心)を確保する。
この決断が、後のシミュレーションを大きく好転させました。
「家を買わない」と決め、手元の資金(約5,000万円)を確保した上で、次に行ったのが**「お金の働き場所」**の変更です。
今まで銀行やタンスで眠っていたお金、そして効率の悪い保険を解約し、**「年利4%(インフレ率2%+実質成長2%)」**を目指す運用へとシフトさせました。
「投資で4%」と提案した時、K様は最初、「そんな危ない橋は渡りたくありません。堅実にいきたいんです」と難色を示されました。
そこで私は、今の日本で起きている「ルールの変更」についてお話ししました。
「K様、デフレだった過去30年は『現金で持つこと』が正解でした。物の値段が下がるので、お金の価値は相対的に上がっていたからです。 しかし、これからはインフレ(物価上昇)の時代です。『何もしない(0%)』ということは、現状維持ではなく、毎年2%ずつ資産をドブに捨てているのと同じことになってしまいます」
このパラダイムシフト(価値観の転換)をお伝えした時、K様の表情が変わりました。 「今まで守っているつもりだったのが、実は一番リスクを取っていたんですね……」
私たちは、世界中の優良企業の株式や債券に広く分散投資をする「投資信託」などを組み合わせ、無理なく「世界経済の成長(インフレ+α)」を取り込むポートフォリオを組みました。
シミュレーション結果(プラン②)
「利回り0.8%」から「4%」へ。
時間を味方につけると、大きな変化が起きました。
先ほどと同じ生活水準、同じインフレ率(2%)で再計算しました。
【プラン② 資産管理徹底(利回り4%)】
→ 資産が尽きるのは、113歳です
プラン①の「95歳」から、一気に**「18年」**も寿命が延びました。
「本当ですか……」
K様は画面を見つめていました。
113歳まで資産が持つなら、長生きリスクはほぼ解消されたと言えます。
「お金の置き場所を変えるだけ」で、これほどの安心が手に入るのです。
ここで私は、K様に一つの提案をしました。
「K様、もし可能なら、今の嘱託のお仕事をあと2年だけ延長して、69歳まで働けませんか?」
K様は現在、週数回の勤務をされています。「仕事は嫌いではありませんが、そろそろ引退を……」と考えていたそうです。
しかし、**「69歳まで就労収入を得る(資産を取り崩さない期間を作る)」**という条件を加えて、再度シミュレーションを行いました。
【プラン③ 運用4% + 69歳まで就労】
→ 資産が尽きるのは、122歳です
さらに9年も寿命が延び、122歳という結果が出ました。
これはもう、「資産が尽きることはない(お金より先に寿命が来る)」と言えるレベルです。
「働く期間を2年延ばすだけで、こんなに変わるのですか」
K様は驚かれていました。
収入がある期間を延ばし、資産を取り崩す開始時期を遅らせる。さらにその間も「4%」で資産は増え続ける。この「複利効果」と「時間の確保」は非常に大きな力になります。
最後に、K様のケースで重要だった**「保険の見直し」**についても触れておきます。
K様は「独身だから、誰にも迷惑をかけたくない」という責任感から、多くの保険に加入されていました。
しかし、独身の方の場合、ご自身が亡くなった後に生活に困るご家族はいらっしゃいません。
私たちは、不要な死亡保障や、インフレに弱い貯蓄型保険を整理し、そこで浮いたお金と解約返戻金を、すべて**「ご自身が生きている間に使うお金(運用資産)」**に回しました。
保険は「誰かのため(遺族)」に残すもの。
運用は「自分自身」を救うもの。
おひとり様の老後戦略においては、「死亡保障(保険)」を捨てて、「生存保障(運用)」にシフトするのが合理的です。これも資産寿命を延ばすための鉄則です。
今回のカウンセリングを終えて、K様は帰る際、安堵の表情で仰いました。
「来る時は足取りが重かったんですが、今は軽いです。あと2年、仕事も楽しみながら頑張れそうです」
今回の結果をまとめると、こうなります。
K様が選んだのは、もちろんプラン③を目指した生き方です。
「122歳まで大丈夫」という自信は、心の余裕を生みます。不安で縮こまって生きるより、安心して使うべき時にお金を使う。それが結果として、健康寿命をも延ばすことにつながります。
お金は、通帳に数字として置いておくだけでは、インフレの影響を受けてしまいます。
しかし、正しい場所に置き直し、役割を与えてあげれば、あなたを最期まで守ってくれる頼もしいパートナーになります。
もし一つでも当てはまるなら、一度「資産寿命」の診断にいらしてください。
K様のように、あなたの人生にも「20年以上の猶予」と「心の安らぎ」が生まれるかもしれません。
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ファイナンシャルプランナー塩川
・CFP(FP上級資格)・証券外務員1種・宅地建物取引士・NPO法人相続アドバイザー協議会 認定会員・不動産後見アドバイザー(全国住宅産業協会認定)・高齢者住まいアドバイザー(職業技能振興会認定) (独立系FP会社株式会社住まいと保険と資産管理 所属)」https://www.mylifenavi.net/
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