親の施設費で「実家売却」は危険?FPが警告する資産凍結の罠【実録】

目安時間 9分

「親が骨折して入院した。退院後はそのまま施設に入ることになるが、入居費用が高い…」

「もう誰も住まない実家を売却して、そのお金を一時金や月額費に充てたい」

先日、80代のお母様を持つA様から、このような緊急のご相談がありました。

これをお読みのあなたにとっても、明日は我が身、決して他人事ではないはずです。

「実家を売って費用に充てる」

一見、当たり前で合理的な解決策に見えます。しかし、私はA様のお話を伺い、「ある確認」が取れるまで、不動産会社への連絡を待ってもらいました。

なぜなら、この局面で順序を一つでも間違えると、**「実家を売りたいのに、法的に売らせてもらえない」**という最悪の事態に陥るからです。

この記事では、今回ご相談を受けた現場の事例(※プライバシー保護のため一部設定を変更しています)を元に、親の施設入居時に直面する「不動産売却の壁」と、多くの人が見落としている「成年後見制度の落とし穴」について、実務家の視点で解説します。

不動産会社に行く前に!最初の分岐点「意思確認」

親の不動産を売却しようと考えた時、立地の良し悪しや査定額よりも先に、絶対に確認しなければならないことがあります。

それは**「お母様の意思確認(判断能力)ができるかどうか」**です。

この一点が、その後のご家族の運命を決定づけます。

パターン① 意思能力がある(しっかり会話ができる)

この場合は、まだ選択肢が残されています。

ご本人の同意のもと、司法書士立ち合いでの契約や、後述する「家族信託」という仕組みを使うことで、ご家族主導でスムーズに売却し、施設費用を捻出することが可能です。

パターン② 意思能力がない(認知症が進んでいる)

こちらは非常事態です。

たとえ実の子供であっても、親名義の不動産を勝手に売ることはできません。法的に売却するためには、家庭裁判所に申し立てて「成年後見人(せいねんこうけんにん)」を選任してもらう必要があります。

「じゃあ、後見人をつければすぐに売れるんでしょ?」

そう思われたかもしれません。しかし、ここに**ネット記事や一般的な解説書にはあまり書かれていない「大きな落とし穴」**が存在します。

知らないと「手遅れ」になる? 成年後見制度の「現金優先」ルール

今回のご相談で、私がA様に最も強くお伝えしたリスク。

それは、**「法定後見人をつけても、裁判所が売却を許可しないケースがある」**という事実です。

成年後見制度の本来の目的は、あくまで「本人の財産を守ること」にあります。

もし、お母様の通帳に、当面の施設費用や入院費を賄えるだけの「預貯金(現金)」があった場合、裁判所はどう判断するでしょうか?

高い確率で、こう判断されます。 「手元に現金があるなら、まずはそこから使いなさい。本人の生活基盤である不動産を、わざわざ今売却する必要性はありません」 これが、成年後見実務における**「売却の必要性」の壁**です。 こうなると、ご家族が描いていた資金計画は崩壊します。

  • 「実家を売って、手元の現金を温存しておきたい」という希望は通りません。
  • 誰も住まない実家は「売却不可」のまま塩漬けになります。
  • 空き家の管理責任だけが、重く家族にのしかかり続けます。

これこそが、制度の壁による「資産凍結」の恐怖です。

売れない実家は「負動産」化する

もし、裁判所の許可が下りず、実家を売れなくなったらどうなるか。

想像してみてください。

かつて私が相談を受けた別のケース(千葉県・戸建て)では、売却のタイミングを逃したことで、次のような悲劇が起きました。

  1. 終わらないコスト
    誰も住んでいないのに、固定資産税と都市計画税は毎年かかり続けます。
  2. 重くのしかかる管理責任
    夏場の草むしりや、越境した庭木の剪定。近隣からのクレーム対応で、年に数万円〜十数万円の出費と労力が奪われます。
  3. 資産価値の毀損(きそん)
    人が住まない家は、換気がされず、驚くべき速度で傷みます。数年後、いざ相続が発生して売ろうとした時には建物が朽ち果て、「解体して更地にするなら200万円かかります」と言われ、手元に一銭も残らなかった…。

こうした「金食い虫(負動産)」になるリスクを避けるためにも、**「親が元気なうちに、売れる状態(権限)を整えておく」**ことが極めて重要なのです。

今回の解決策:ギリギリ間に合った「初動」

今回のA様の場合、幸いにもお母様との面会で、まだ意思疎通ができる可能性が残っていました。

そこで私は、以下のロードマップを提案しました。

最優先で病院へ行く(意思能力チェック)

まず医師の立ち会いのもと、お母様の「意思能力」が残っているかを確認します。

【面会時に確認!「意思能力」チェックポイント】

「親の認知度が分からない」という方は、次回のお見舞いでさりげなく以下を確認してください。これができれば、まだ対策が間に合う可能性があります。

  • 「今日の日付」と「自分の生年月日」が言えるか?

(短期記憶と長期記憶が保たれているかの確認)

  • 「不動産を売ること」の意味が分かるか?

(「家を売ったら、もうあそこには帰れないんだよ?お金に換えるんだよ?」と聞いて、その意味を理解しているか)

  • 署名ができるか?

(手が震えていても構いません。自分の名前を認識して、書こうとする意思があるか)

 

法的手続きの準備(家族信託の活用)

意思能力があれば、即座に司法書士を交えて「家族信託」の契約を進めます。これは、実家の管理・売却権限を、信頼できる家族(今回ならA様)に移す手続きです。

【なぜ「家族信託」なのか? 成年後見との決定的違い】

「家族信託って何がいいの?」という方のために、成年後見制度との違いを比較しました。

 

特徴 家族信託
(お勧め)
成年後見制度
(最終手段)
開始時期 親が元気なうち
(認知症前)
親が認知症になった後
不動産売却 契約で定めた家族が
自由に売れる
裁判所の許可が必要
(ハードル高)
コスト 初期費用のみ
(ランニングコスト0円可)
専門家がつくと
毎月報酬発生
柔軟性 家族の事情に合わせて
設計可能
本人の財産保護が最優先
(融通利かず)

 

ご覧の通り、家族信託は「家族の想い」や「柔軟な資金計画」を優先できる制度です。

「お母さんの介護費のために、相場が良い今のタイミングで実家を売ろう」

こうした経営的な判断ができるのが、家族信託の最大のメリットなのです。

売却活動の開始

法的な権限(信託契約)を確保した上で、初めて不動産会社と媒介契約を結びます。

A様は**「相談に来て本当によかった!いきなり不動産屋に行って、順序を間違えるところでした」**と胸を撫で下ろされていました。

もし、この初動が遅れ、お母様の症状が進んでしまっていたら、選択肢は「成年後見」しかなくなり、前述の「売却不可リスク」に晒されていたかもしれません。

まとめ:不動産屋に行く前に、FPへ相談を

親の施設入居と実家売却の問題は、「不動産」単体の問題ではありません。

「法律(民法)」「税金」、そして「お金(老後資金の寿命)」が複雑に絡み合っています。

親の骨折や病気は待ってくれません。

「うちはまだ大丈夫」と思わず、お盆や正月に帰省した際、一度ご家族で「実家とこれから」について話し合ってみてください。

執筆者紹介

執筆者:塩川 卓司
(CFP® / 宅地建物取引士 / 証券外務員一種 / 相続アドバイザー)
独立系ファイナンシャルプランナー歴15年以上。相談実績500件以上。

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ファイナンシャルプランナー塩川

ファイナンシャルプランナー塩川

・CFP(FP上級資格)・証券外務員1種・宅地建物取引士・NPO法人相続アドバイザー協議会 認定会員・不動産後見アドバイザー(全国住宅産業協会認定)・高齢者住まいアドバイザー(職業技能振興会認定) (独立系FP会社株式会社住まいと保険と資産管理 所属)」https://www.mylifenavi.net/

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