相続に関する悩みは、相続税や不動産の分け方、家族間のトラブル防止など多岐にわたります。
特に不動産中心の資産構成では、分割の難しさや納税資金の確保が大きな課題となることも少なくありません。
こうした問題を未然に防ぐには、目先の節税策に頼る「相続対策」ではなく、家族の想いやライフプランを踏まえた「相続計画」が重要です。相続計画は、財産の棚卸から市場分析、資産整理、納税資金対策、遺言・家族信託の検討、さらには次世代の資産運用計画までを一貫して考えるプロセスです。
本記事では、この流れを9つのステップに整理し、わかりやすく解説していきます。
目次
「相続対策」と「相続計画」は似た言葉ですが、意味合いと目的が異なります。
主に相続税の軽減や特定のトラブル回避など、目の前の課題に対処するための“点”の施策です。例えば、生命保険を活用して非課税枠を使う、贈与を行うといった具体的な手法が中心になります。しかし、個別の対策だけに頼ると、全体の資産バランスや家族の意向を見落とし、結果として別の問題を引き起こすこともあります。
「長期的な視点」で資産と家族の未来を見据えた“面”の設計です。家族構成や資産状況、被相続人の想いを踏まえ、財産をどのように守り、誰にどのように承継し、次世代に資産を増やすかをトータルで考えます。さらに、納税資金の確保や不動産の整理、資産運用までを含めたライフプランと連動させることで、より円滑かつ持続的な資産承継が可能となります。
相続を成功に導くためには、この「計画的な視点」が不可欠です。
相続計画の出発点は、まず現状を正確に把握することです。家族構成や相続人の状況、所有財産の内容と金額、そして被相続人の想いや不安を丁寧に整理します。これらは「家族会議」を通じて共有すると、各人の考えや希望が可視化され、相続に対する漠然とした不安が具体的な課題に変わります。
現状把握の次は、理想像の明確化です。「円満な相続とは何か」「誰にどの財産をどのように承継させたいか」「家族の将来をどう支えたいか」といった希望条件を洗い出し、優先順位をつけます。この段階では完璧な計画を立てる必要はなく、大まかな方向性を定めることが重要です。
現状と理想像の差を可視化することで、解決すべき課題や必要な対策が明確になります。これが、後の財産分析や節税計画を効果的に進める基礎となり、無駄のない相続計画の第一歩となります。
相続計画を実行するうえで欠かせないのが、財産と不動産の現状把握です。
まずは、すべての資産を「資産の棚卸」として一覧化します。分類の基本は、不動産、有価証券(株式・投資信託など)、預貯金、現金、保険の解約返戻金、その他資産に分け、金額を明確に記載します。
ここで重要なのは、不動産は「相続税評価額」と「時価(実勢価格)」が異なる点です。どちらの価値を基準に計算するかで、相続税の額や分割方法が大きく変わります。
さらに、不動産を所有している場合は収益性を見極めるためにROA(純資産利益率)を用いた分析を行います。ROAは「純収益(収入−支出)÷相続税評価額」で算出され、その資産がどれほど効率的に利益を生んでいるかを測る指標となります。自宅など収益を生まない資産も、賃貸化した場合の想定賃料を調べることで、潜在的な価値を把握することができます。
こうした財産分析を丁寧に行うことで、資産全体の強みやリスクが可視化され、次の市場分析や資産整理の方針が見えてきます。
不動産は、社会や経済の動向によって価値が大きく変動する資産です。現状の収益性が高い不動産でも、人口減少や都市開発の停滞、エリアの需要低下などにより、将来的には価値が下がるリスクがあります。逆に、現時点で収益性が低い不動産でも、再開発やインフラ整備によって価値が上昇する可能性もあります。
こうした将来の変動を見極めるために、市場調査は必須です。
市場調査では、人口動態や世帯構成の変化、国や自治体の政策・再開発計画、地価の推移など、マクロ・ミクロの両面から分析を行います。特に、将来的に空き家や土地余りが増える地域では、資産価値が急激に下がるリスクがあるため、早めに対策を検討することが重要です。
この市場分析を行うことで、今後価値が維持・向上する資産と、整理・組換えが必要な資産を正確に見極めることができます。結果として、適切な資産ポートフォリオを構築し、相続時のリスクを最小限に抑えることが可能となります。
市場調査と財産分析が完了したら、次は資産を「活かすべき資産」と「見直すべき資産」に分類し、整理・組換えを検討します。具体的には以下の4つのカテゴリに分けます。
特に注視すべきは4の「整理・組換え資産」です。こうした資産は時間が経つほど流動性が下がり、売却が難しくなる傾向があります。早めに売却や資産組換えを行い、納税資金や優良資産への投資に活用することで、資産全体の健全性を高めることができます。
このプロセスを経ることで、相続時の負担や「負の遺産」を後世に残さず、資産価値を最大化するための基盤が整います。
財産の整理・組換えが終わったら、次は「誰にどの財産をどのように分けるか」を試案します。
相続では、家族全員が納得できる分け方を考えることが最も重要です。
特に不動産は流動性が低く、価値が大きく分割が難しいため、早い段階で分配の方向性を決めておく必要があります。場合によっては、売却や代償分割といった手段を検討することも有効です。
この段階では、相続税の試算も同時に行います。財産全体の評価額を算出し、基礎控除や特例を考慮したうえで相続税額の概算を把握します。相続税は予想以上に負担が大きくなることがあるため、納税資金の確保が課題となるケースも少なくありません。
分け方と税額の両面から試案を作成することで、家族の対立を防ぎ、資産の公平かつ効率的な承継が可能となります。
このプロセスが、後の納税資金対策や節税計画の基礎となり、スムーズな相続の実現につながります。
相続税が発生する見込みがある場合、まずは納税資金をどのように確保するかを検討する必要があります。特に不動産中心の資産構成では、現金や預貯金が不足し、相続税を支払うために資産を急いで売却しなければならない事態が起こることもあります。こうしたリスクを避けるため、あらかじめ不動産の一部を売却して現金化する、生命保険を利用して納税資金を準備するなどの対策を講じます。
同時に、節税計画も欠かせません。具体的には、相続時精算課税制度や暦年贈与の活用、生前贈与の非課税枠を使った資産移転、また土地評価額の減額につながる貸家建付地の利用などが代表的な方法です。これらの対策は、相続税額を減らすとともに、後世への資産承継を円滑にする効果があります。
納税資金対策と節税計画は、財産分割の方法や資産運用計画とも密接に関わるため、総合的な視点で設計することが成功の鍵となります。
相続計画を円満に進めるためには、遺言書の作成が非常に有効です。遺言があれば、相続人の間での「誰がどの財産を受け継ぐか」という争いを大幅に防ぐことができます。特に、不動産や現金といった分割しにくい資産が多い場合には、遺言で分割方法を明確にしておくことが重要です。
特別受益や寄与分といった要素が絡むケースでは、事前に遺言書で配分を定めることで紛争を回避できます。
近年注目されているのが「家族信託」です。財産を信頼できる家族(受託者)に託し、将来の資産管理や承継を柔軟に行える仕組みで、認知症対策としても有効です。被相続人が認知症になった場合、財産管理や贈与が難しくなるため、家族信託を活用すればそのリスクを事前に回避できます。
遺言書と家族信託は、相続計画の最終段階において重要な位置を占め、家族の想いを反映しながら、トラブルを未然に防ぐ大切な手段となります。
相続計画の仕上げは、次世代まで資産を守り、さらに増やすための資産設計と運用計画です。
単に財産を分けるだけでなく、家族それぞれのライフプランや将来の必要資金を見据えた戦略が求められます。例えば、子や孫が安心して生活できるよう、教育資金や住宅購入のサポートを含めた資産配分を検討することも大切です。
運用計画では、まず「資産を守る目的」と「資産を増やす目的」を明確に分け、必要な利回りや運用方法を選定します。相続時精算課税制度などを活用して早めに資産を移転すれば、子や孫が長期的に資産を運用でき、複利効果により資産が増える可能性が高まります。
また、資産運用は一度計画を立てたら終わりではなく、定期的な進捗確認とリバランスが欠かせません。こうした計画的な運用を続けることで、「資産を減らさず、さらに増やす」という理想的な相続の形が実現します。
相続は、家族の想いや将来をつなぐ大切なプロセスです。目先の節税や分割方法にとどまらず、長期的な視点で資産を守り育てる「相続計画」を立てることで、家族が安心して未来を迎えられる環境が整います。
本記事で紹介した9つのステップは、現状把握から財産分析、市場調査、資産整理、相続税対策、遺言・家族信託、そして次世代の資産設計まで、全体像を俯瞰できる構成となっています。
特に、不動産中心の資産を持つ方は、早めの整理や組換えが後々のトラブル回避につながります。また、相続計画は一度立てたら終わりではなく、家族の状況や経済環境の変化に応じて柔軟に見直すことが重要です。
「資産を減らさず、子や孫へと円滑に承継する」。その実現のために、今こそ計画的な一歩を踏み出しましょう。
ファイナンシャルプランナー塩川
・CFP(FP上級資格) ・NPO法人相続アドバイザー協議会 認定会員 ・不動産後見アドバイザー(全国住宅産業協会認定) ・高齢者住まいアドバイザー(職業技能振興会認定) ・宅地建物取引士 ・証券外務員1種
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